女性主人公 犯罪を起こす 作品を紹介

紙の月

犯罪とは縁がないはずだった

犯罪を題材にした作品を見ていると大部分の犯罪者は動機となる要因が成長しても尚、心の奥底で燻り続けているといった表現がなされている。中には表面化してしまい、表層ではいい人として振舞っているものの、その本質は何をしても自分の考えていることが基準だとすら考えていたりするものだ。最近でいうところの相模原の障害者施設で19人という人を殺害したにも関わらず、まるで悪びれずに自分の行いは罪にならないとまで考えているという。そんな話を耳にすると某教師が生徒を自分の理不尽な都合で皆殺しにした作品のことを思い出します。あの作品の場合、先生は元よりサイコパスで人との価値基準を相容れる事が出来ない、という精神的な異常があってのことだ。

けれどそうした精神の不釣合いから時として考えられもしないような事件を人は引き起こすものです。秋葉原の通り魔事件の時も、大阪の小学校に乗り込んで無差別に児童を殺害した事件にしても、その予兆など誰一人勘付くなど不可能に近い話だ。しかも犯罪は以前から起こしそうな人が起こすのではなく、犯罪などとはまったくもって無縁な人ほど起こせば衝撃をもたらすものです。無視も殺せないような顔をしているのに、なんて評価をされるような人なら尚更だ。

この作品でもそうだ、犯罪者としての素質としては備えているものの、決して裏の人間的な欲望に感情が引っ張られることのないような人間がある日突然、狂気に飲み込まれてしまう。そんな作品として当時話題を席捲した『紙の月』という作品があります。

殺人などというスケールではなく、お金を横領するという事件になりますが、その規模も額が額によっては大事件としてみなされます。そしてこの映画でも横領と呼ばれるその額は、一般人には想像もつかないような大金が設定されています。

作品概要

紙の月、という作品がどのような作品かというと一言で言うなら『誰でも簡単な動機から罪を犯せる』という点が筆者個人が一番引っかかった部分だ。おおまかに内容をまとめると今作では銀行員として務めている主人公の女性が、家庭における夫とのスレ違いから寂しさを覚えている中でふとして出会った年下の大学生と禁断の恋愛を繰り広げていく物語です。一見ただ不倫をしている話のようにみえますが、話の芯には若い男性との恋愛に溺れるために勤務先である銀行のお金を着服して使用するということに溺れていく展開だ。ここでもフィクション、それこそ松本清張さんの黒革の手帖を連想させられますが、今作を執筆した作者曰く、

『お金を介してでしか恋愛できない、歪な形にもがき苦しむ女性』

が大きなテーマとなっています。

どうしてこのように定めたのかというと、過去に起こった女性銀行員が起こした横領事件の過去をさらっていくと大半が女性が男性に貢いでいました。男性の場合でも、例えば青森の男性銀行職員がチリ人の女性に巨額を貢いで社会問題に発展した話題を思い出す。それくらい至ってありがちだと感じるのだが、作者はどうしてもこの方程式に違和感を覚えたという。

そう感じる辺りが今作の面白さを引き出しているのかもしれませんね、では簡単にあらすじから見ていこう。

あらすじ

あらすじを紹介していこうと思うのですが、原作と映画では実は微妙に設定が異なっているため、その違いにも触れつつ両方見ていこう。

原作

裕福な家庭に生まれ、何不自由なく過ごしていた梅澤梨花は、自分の生活に窮屈さを覚えていた。夫から何をするにしても許可を取らないといけない生活、家庭に身を置くだけしかない時間が鬱屈となって彼女にストレスをもたらす。そんな時、友人の中條亜紀に持ちかけられて銀行の営業職に就職することになった。順調に仕事をこなしてついには外務員としての資格も獲得した梨花は、フルタイマーとして自分自身の人生を歩いていると充足する。

そんなある日、顧客の1人である平林孝三の家で出会った孫の光太と出会い、後日再会した折に飲みに出かける。年下の男性から寄せられる好意に戸惑いを覚えつつも、段々と依存していくことをやめられない。やがてこれまで見向きもしなかった高額な化粧品を買おうとしたものの、手持ち金が足りないことから顧客から預かっている現金で先に払い、後で元に戻せばいいと楽に考えていた。このことからきっかけに今まで気にもしなかった服や化粧品に給料を使い込むようになり、光太と一線を越えてしまう。

この時既に、梨花の金銭感覚は狂い始めていた。それは着実に、一歩ずつ、やがて金銭を求めて手を付けてはならない銀行のお金にまで伸ばしてしまう。

映画

何不自由なく暮らしていた梅澤梨花は銀行の契約社員として働いていた。仕事に厳しい先輩と今時の若者らしい同僚にも恵まれて、梨花の社会人生活は決して悪いものではない。しかし彼女が懸命に一個の人間として働いているにも関わらず、夫として自分に感心を持たない夫に対して彼女は何処か虚無感を抱いた。仕事を真面目にこなす彼女には仕事場での評価もすこぶる良かったものの、働くだけでは彼女は何も満たされない。

そんなある日、彼女は顧客相手でもある独居老人である平林宅にお邪魔した際に会っていた孫の光太と偶然街中で再会を果たした。夫との間に距離感を感じていた梨花は段々と光太に夢中になっていく、しかしそんな中で彼女の人生を揺るがす出来事が起こる。何気なく立ち寄ったショッピングセンターで普段は買いもしない高価な化粧品を購入しようとしたが、手持ち金では足りず、カードも所持していなかったことため顧客から預かったお金で支払った。

その後夫が上海へ単身赴任が決まると益々光太との関係に溺れ、挙げ句の果てに金銭の着服を増やしていく。今までに感じたことのない充足感に満ち足りる梨花だったが、彼女の幸せは長く続かなかった。

あらすじを総評すると

主人公である梨花の仕事先などは変更はない、そして周囲の人間関係なども概ねとなっているものの、映画では物語においてかなり重要な中條亜紀の存在がいないのです。その代わりにオリジナルキャラクターが登場するなどの補正はされているものの、原作に違わぬ面白さがあるのだけは保証できます。

こんなところにも注目

紙の月は映画が一番先に公開されたのではなく、時期的にはテレビドラマが先だ。ドラマなんてやっていたのか、そう驚く人もいるでしょう。そちらはCS放送となっているため、見られたという人も実はそう多くはないかもしれません。

意識したいところはキャスティングだ、先述でも話したように梨花を演じているのが映画では宮沢りえさん、ドラマでは原田知世さんが担当している。その世代の人たちにとっては、あの人がこんな役をやるとは、なんて意外性に惹かれるかもしれません。その他のキャスティングについても、映画とドラマを比較してみるだけでも面白さが伝わってきます。比較してみると、このように異なっている。

映画 ドラマ
梅澤梨花 宮沢りえ 原田知世
梅澤正文 田辺誠一 光石研
平林光太 池松壮亮 満島真之介
平林孝三 石橋蓮司 ミッキー・カーチス
名護たま江 中原ひとみ 富士真奈美

作中に登場するキーパーソンを出してみましたが、中でも映画は原作とドラマでは登場する重要な人物が異なっています。原作では通常、梨花に働くことをすすめる友人として『中條亜紀』というキャラクターが出てきます、彼女の後押しがあったがために梨花は潜在的に眠らせていた衝動を呼び起こす遠因となってしまっている。けれど映画では中條亜紀は登場せず、代わりにオリジナルキャラクターとして小林聡美さん演じる『隅より子』が彼女の代わりとしているといってもいい。

こうした違いも意識するとより面白く感じる。

ドラマ版も

紙の月は原作を発端として映画だけでなく、テレビドラマも放送されている。時期的なものでは映画よりも先に放送されているのですが、ドラマ版では主役の梨花にはあの時をかける少女として当時を席捲した伝説的な元アイドルとして有名な『原田知世』さんがキャスティングされています。

時かけ少女が横領事件を引き起こすというだけでもインパクトは十分だ。